現地時間2018年1月5日13時45分

日本人初・南極点無補給単独徒歩到達に成功

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南極点 無補給単独徒歩到達への挑戦について

◉日程

2017年11月中旬 〜 2018年1月中旬 約60日

 

◉ルート

ヘラクレス入江 〜 南極点 1130km

 

◉手法

行程の途中での外部からの物資再補給や、動力を利用した推進力のサポートを利用せず、単独自力のみで全行程を踏破する

 

◉目的

日本人初の南極点無補給単独徒歩到達を目指す。挑戦の中から得られる知見や教訓を社会に持ち帰り、そこに産み出され得る価値を多くの方々と共有し、挑戦することの意義や喜びを拡げていく

 


南極までの経路

日本を出発したのち、チリのプンタアレナスまで定期航空便で移動します。

プンタアレナスより、南極大陸に施設を所有する民間会社Antarctic Logistics & Expeditions社(ALE)のチャーター飛行機により、ユニオン氷河キャンプへ移動します。

ユニオン氷河キャンプで最終的な準備を整えた後、プロペラ機(ツインオッター機)により南極大陸の海岸線に当たるヘラクレス入江に移動し、南極点への無補給単独徒歩行がスタートします。

上写真はいずれもALEウェブサイトより

南極の地理

南極の地理

日本の約37倍の面積を有する南極大陸は、そのほぼ全体が分厚い氷の塊である「氷床」に覆われています。

氷床とは、降り積もった雪が数万年〜数十万年をかけて厚く堆積し、その重みで圧縮して固まった氷です。

 


南極氷床の最も高い場所は標高4000mを超えており、地球上にある「淡水」の約6割が、南極大陸上の氷床として凍りついていると言われます。

荻田が目指す「南極点」は南極大陸のほぼ中央部に位置し、そこは標高2800mほどの高地です。荻田が目指すルートでは、海岸線にあたるヘラクレス入江よりエルスワース山脈の山腹をかわしながら、クレバス(氷河の亀裂)帯を超え、南極横断山脈を登っていき、1130kmの距離を踏破して南極点に至ります。

実現可能であるのか?

荻田泰永は2000年より18年間で15回の北極行を経験し、9000km以上を冒険してきました。

時に氷点下56℃の中で活動し、揺れ動く北極海の海氷上を移動し、または南極とも環境的に酷似したグリーンランド内陸氷床を2000kmの犬ぞり縦断なども経験してきました。

環境面、踏破距離、強風などの考えられる困難、これまでの冒険行の中で十二分に経験を積んできたことにより、南極点無補給単独徒歩到達は十分に実現可能であると言えるでしょう。

考えられる困難としては、途中での物資補給を受けない「無補給」というスタイルの性質上、行動できる日数が決まってしまっているために、その期限内で1130kmを南極点まで登っていくということの身体的な消耗。そして、南極特有の「カタバ風」と呼ばれる強風でしょう。高地から吹き降ろしてくる風であるため、南極点に向かっては常に向かい風に曝されることとなります。

南極点到達の定義

冒険や探検には決まった「ルール」がありません。これが一般のスポーツとは違う部分でもあり、誰もが自由にできるという特徴があります。ただ「誰もが自由にできる」ということは、多少の悪意を持ってパフォーマンス的に派手な記録を宣言することで、無知な一般市民をうまく欺くことができてしまうのも冒険や探検が持つ一側面でもあります。

 

現在「南極点到達」を一般的に宣言できるのは「南極大陸の海岸線を出発して全行程を踏破して南極点に至る」というひとつの基準があります。帰路は南極点から航空機等でピックアップを受けて戻るのが一般的です。

「The Last Degree」という名前の南極点ツアー旅行があります。直訳すれば「最後の1度」という名前で、南緯89度地点に航空機で降り立ち、南緯90度の南極点まで緯度1度、111kmをガイドとともに1週間ほどで歩くツアー旅行です。

これは、一般の人たちが体験できるツアー旅行(高額ですが)としては結構なことですが、これで「南極点到達」は一般的には認められません。現在の南極点到達のルートは、南極大陸の海岸線に当たる南緯80度地点を出発し、1130kmを60日ほどかけて踏破するものが一般的です。

111kmと1130kmの差は何か?といえば、その行程の過酷さや挑戦するために必要な知識や技術、リスク管理や下準備の綿密さなどに裏付けられた結果として1130kmを踏破できるという、言わば「過程の重要さ」であるとも言えます。到達というのは、その先にある単なる「結果」であり、世間の耳目に触れるのはどうしても「結果」の部分だけになります。ツアー旅行では、リスク管理も現場での判断も必要な装備も全てガイドにお任せで、10分の1の距離を歩くということです。冒険や探検とは困難に挑戦し、それを乗り越えていくことが重要なのです。

 

では、何によって「ルール」に準じる「◯◯到達」などの定義が出来上がるかといえば、それは多くの人たちが共有する「それなら到達したと言えるよね」という、ある種あいまいな全体的な合意のもとに基準が成立するとも言えます。

これは時代によっても変化するものでもあります。使用する道具が発達し、高度な情報技術を駆使することで、それまで「困難」だったことが容易になるというのは人類の進化とともにあることであり、それが我々に利便性の向上をもたらしました。

1911年にノルウェーのロアルド・アムンセンが南極点に世界初到達した際には、彼らは自国から探検船「フラム号」で南極大陸まで移動し、上陸後は犬ぞりを駆使しながら南極点を目指し、南極点到達後は再び船に戻り、ノルウェーまで自力で帰国しました。

現在では航空機で世界の隅々まで行くことができます。航空機が発達したことで、南極点までダイレクトに乗り入れることができます。南極点にはアメリカが所有する「アムンセンスコット基地」があり、日本で言えば「昭和基地」に当たるものです。アムンセンスコット基地には常に100名以上の隊員が常駐し、航空機で定期的に人員入れ替えが行われます。では、彼らは冒険探検的な「南極点到達者」であるのか?と言えば、そこには該当しません。航空機で行くことが冒険的ではないのか?は本質ではありません。1929年にアメリカのリチャード・バードが初めて航空機で南極点上空を飛びました。航空機の創成期に、現在のような高度なナビゲーションシステムもなくプロペラ機で南極点まで飛ぶというのは、命がけの大冒険以外の何物でもありません。

 

その3年前の1926年にはバードも前述のアムンセンも、航空機と飛行船を利用して北極点上空を飛行しています。彼らは着氷したわけではなく、上空を飛行しただけですが「北極点到達」として歴史に残る偉業でした。

では現在、日本からヨーロッパに飛ぶ定期航空便で北極海上空を飛ぶ際に、仮に北極点上空1万メートルを飛行したとして、機内でくつろいで映画を見ながらワインを嗜む乗客が「北極点到達者」と言えるか?当然そうではありません。リチャード・バードと現在の航空旅客の差は何なんでしょうか?飛行高度の差でしょうか?使用した機材の差でしょうか?キャビンアテンダントがいるかいないかでしょうか?そこにあるのは、如何に困難に向き合い、それを実現するために努力し、創意工夫を凝らし、そして実現させたか?ということに尽きます。

 

南極点到達に関して、111kmだけ歩くツアー旅行も1130km歩く挑戦も、実は本質的には大差はありません。では111kmではなく南極点からほんの100m離れた場所に航空機で着陸し、5分ほど歩いて南極点まで行ったとしたら「南極点到達」であるのか?結果だけ見れば到達はしています。ただ、そこに冒険的な要素を見出すことはできないでしょう。

 

では何kmだったらいいのか?という議論をし始めるとキリがないので、昔の探検家たちが船で上陸して南極点を目指したように、海岸線から出発することが困難に立ち向かうという行為を具現化しうる手法ではないのか?という苦渋の判断のもとで、多くの人たちのあいまいな合意の中で出来上がった基準が「海岸線スタート」であるわけです。